無名

ブログ名は思いつかなかったので無名とか無題とかにしておくのがポピュラーだと思います。

毎日毎日、鬱陶しい光と朝に捕まって新しい闇と共に夜が来る。その繰り返し。
今だってそうだ 気がつけば昼になってる。毎日。

私の世界の主軸がずれてて何がしたいのかわかっていない
病気だってわかってる。わかってる。わかってる。けど”病気”なんてものに甘えてたらいつになっても治らない。私は正常だ。正常だ。正常、普通、当たり前。
中途半端に忘れたくないことだけ忘れていって忘れたいことだけ覚えている 気が狂いそう。いや、もうダメになってるのかもしれないが。

ここ最近は雨が降ってないからこんな気分になってるのかな。大体の人は皆雨続きだと体調を崩したりなどをするみたいだけれど、私は逆みたい。 やっぱりおかしい。
幼いころから自分がおかしいんじゃないかっていう感情に潰されて生きてきて
本当に生きてるのかなって思ってしまって誰のことも考えずに本を読んで音楽を聴いてゲームして、とにかく趣味にすべてを費やしていた。費やしてなにかを得たよりなにかをすり減らして行っていたような感覚で。
しかし今思えば大切な人間や敬意を表せる人間は沢山いたわけで、私にとってその人達の言葉は一種の物質、空気のようなものになっていて何らかの形で記憶の中の小物収納用棚にしまわれているわけだ。いつでも引き出せるように。
そこにしまっておける言葉をぽんぽん言える人は、私の中では人ではなく芸術。

はたして彼ら、彼女らの夏に私は存在しているのか。

あの光はきっと僕らを未知の世界に連れ去ってくれる

なぜか知らない内に8月になっていた。ずっと7月31日で止まってしまえばいいのに。ずっとTaNaBaTaのライブを見ていたかった あにーさんを見ていたかった。

8月は少し怖い。毎年毎年、よくないことが沢山起こるからだ。早く9月になってしまえばいいのに。あぁ、けれどもそれは夏休みが・・・ ここは”早く冬休みになってくれ”でしょうか・・・
でも私の幸せな時間というものは、私が必要としている人に私を必要としてもらえる時か、言いたいことをものすごく的確に言ってもらった時か、好きなアーティストのライブに行ってる時、もしくは新アルバム発売とか・・・?くらいしか無いのですよ。

しかし、普段そんなに楽しみがない人のこの3.5個の出来事は本当に何よりも嬉しくて、どうも言い表しがたい気持ちになる。

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蜂飼耳さんの「空席日誌」を久しぶりに読んでいます。
もっと読みたい本、たくさんあるのに最近はなにか文章を読んでるとすぐ疲れてしまってどうも要求と限界が釣り合っていないという感じです。
青屋夏生さんの【UFO】という曲のichikoさんの歌ってみたを聴きながら眠ります。ichikoさんは私の数少ない好きな歌い手の一人です 最高。

ルキノ・ヴィスコンティ「異邦人」

を見ました。
主人公の人間味が原作より濃かったかと。 いくつか抜けている点が多かったけれど原作の印象が重たくて読みづらかった人にはおすすめかもしれない。にしても原作のラストこんなんだったかなあ・・・

私の中で女の子も男の子も女性も男性もただの芸術であって安易に触れられるものではなかったのかもしれません。
私の好きなものも嫌いなものもみんな簡単に触れていいものではなかった

かわいい魔法少女
体に悪そうなあのお菓子も
エレガンスのメキシコダウニーも
くどいくらい甘ったるいアイスクリーム
3月
あの女の子の泣き顔も
あの男の子の悲しみも。
口いっぱいに詰め込むゼリービーンズだってみんな美しく思うし却って美しすぎて嫌になってくる
恐らくその”嫌悪感”は恐怖
私はなにをするにしても何に対しても恐怖を持っているのです。
それ故に恐怖が恐怖を招き寄せて悪循環を招き寄せる

もう夕方。少し眠ろう。